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2011-10-26

其の一八『総本家永坂更科布屋太兵衛』

2009年6月4日(木)

いまだ東京は寒いのか暖かいのかよくわからない状況ですが、梅雨に入る前にそばつゆを吟味しときましょう!

麻布十番に再び来ました。今度の店は、


『総本家 永坂更科 布屋太兵衛』

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ウィキペディア(Wikipedia)によると ・・・

創業は寛政元年(1789年)と伝えられている。信州の織物の行商人をしていた清右衛門なる者が、江戸での逗留先としていた麻布・保科家に勧めら れ、麻布永坂町で蕎麦屋をはじめた、とされている。開店に際し清右衛門は太兵衛に名を改め、開店時に「信州更科蕎麦処 布屋太兵衛」との看板を掲げたとい う。「更科(さらしな)」は、蕎麦の産地である信州更級と保科家の科の文字を組み合わせたもの。なお、信州は当時より蕎麦の産地であったため、他にも「さ らしな」を名乗る蕎麦屋は存在していたようである。

更科の特徴は、精製度の高い蕎麦粉(更科粉)を使った白く高級感のある蕎麦(更科蕎麦)である。これがいつ頃からのものかは明らかになっていない が、1750年頃にはすでに存在していた模様。更科の特徴として打ち出されたのは江戸時代末期~明治時代のことと考えられている。

更科は、明治10年代までのれん分けなどを一切しておらず、(旧)布屋太兵衛の一軒のみでの営業だった。のれん分けがはじまり、更科を冠した蕎麦 屋が増え始めるのはそれ以降のこととされる。現在では東京都港区麻布十番にある3軒の更科(下記参照)のほかにも、都内の芝大門、神田錦町、有楽町などに のれん分けをした更科の店がある。


麻布十番の3つの更科

昭和恐慌による出資先である麻布銀行の倒産、戦時体制による統制などに加え、七代目松之助の放蕩が駄目押しになり(旧)布屋太兵衛は昭和16年 (1941年)にいったん廃業する。戦後、七代目松之助から店名使用の許諾を受けたとする馬場繁太郎が「永坂更科本店」を開業する。店名の使用につき裁判 となるが、七代目が馬場に渡した承諾書がでてきたため和解。馬場側が「永坂更科本店」の永坂と更科の間をあけ「麻布永坂 更科本店」とし、「永坂更科」を 強調しないことで合意する。

かつての更科とは無関係の人間が出店したことを受け、七代目松之助と麻布十番商店街店主である小林勇などが中心となり、昭和24年(1949年) に「永坂更科 布屋太兵衛」を再興する。このとき法人として店名の「永坂更科」を商標登録し、また(旧)布屋太兵衛の看板も「永坂更科 布屋太兵衛」側に 引き継がれることになる。

その後昭和59年(1984年)に八代目松之助が独立して麻布十番に開店するが、屋号に「布屋」を用いていたため永坂更科布屋太兵衛側と裁判となる。商標権をもたない八代目松之助は布屋を名乗れず、自身の苗字である「堀井」をつけ店名を「総本家 更科堀井」に改称した。

このため、現在は「麻布永坂 更科本店」・「永坂更科 布屋太兵衛」(会社組織として(旧)布屋太兵衛を継承)・「総本家 更科堀井」(店主が (旧)布屋太兵衛の創業者の直系)の3店が存在することとなる。いずれも近隣にあり、3店が並ぶ麻布十番は更科系老舗の密集地帯となっている。





とまあ、暖簾名などの問題で色々あったようですな。



ちなみに、御三家 「藪」「更科」「砂場」のそれぞれの屋号は、

「藪」= 蔦谷(つたや)

「更科」= 布屋(ぬのや)

「砂場」= 大阪屋(おおさかや)


ですな。



今回は、酒に板わさと更科そば、とシンプルに。



◇御酒◇ 
特選本醸造 黒松白鷹(灘)を冷で。灘酒らしい切れのある味わい。

◇板わさ◇
うーん、なんというか普通っぽい感じ。わさびが辛すぎて鼻に浸みる。

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◇御前そば◇
ここでは「更科そば」を「御前そば」という。 のど越しよし。ほのかな香しさ。 更科は本当にたぐるにふさわしい麺ですな。 しかし、「更科堀 井」もそうだったが、つけ汁に「あま汁」と「から汁」があるのが特徴のようだ。 ちなみに「あま汁」は非常に甘すぎで、これで蕎麦をたぐる気はまったくし ない。 花番からはブレンドをすすめられたが、私は「から汁」一本でいただいた。

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大型店で、ファミレス的だが時々絡んでくる花番のおばちゃんの気さくさに少し救われた感じがした。(笑) 
あとつまみの種類ももう少し工夫してもらえるといいかなぁと感じた。


☆☆☆☆
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2011-10-25

其の一六『総本家更科堀井』

2009年5月14日。大安。

昨日はいい日だった。天気も気分も。 午前中、用事を済まし昼過ぎに 珍しく麻布十番へ出かけた。
とくに用はなかったが、たまには普段行かない所を見て回るのも悪くない。
まあ目当ては蕎麦屋だが。

麻布十番商店街の蕎麦屋というと「永坂更科布屋太兵衛」か「総本家更科堀井」の二店のでかい看板が目につく。元々は一つだったらしいが、分かれてしまい どちらも更科を看板に今に至るそうな。

今回 私が訪れたのは


『総本家 更科堀井』

大型店だが中の雰囲気は蕎麦屋らしい感じがある。



入ったら 入口すぐそばのカウンター席に座らされ、あまりいい気分はしなかったが まあ初めから気をもんでも仕方ないので取りあえず酒を頼んだ。冷酒。

少し喉を潤してから、天ぬきを頼んだ。あとは酒をもう一合と蕎麦二枚。

さすが麻布十番の中にあり、客層もそこそこ上品な方が多かった。(もしくはそう錯覚しただけ?)

花番もてきぱきと動いていて対応はスムーズか。ただ止まっている時間が多く、他の老舗の花番さんには仕事量で劣る部分もちらほらと。やや辛口だが。


◇御酒◇
蒼空、純米美山錦、無濾過生、京都府。まあまあ飲みやすい。

◇天ぬき◇
メニューにはないが、蕎麦屋でこれができなかったらもぐりだろう。掻き揚げをぬきにしてもらった。美味しかったが、汁の量が多く飲み干せなかった。

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◇さらしなそば◇
真っ白で艶やか。美しい蕎麦だ。香りも上品だ。しかし若干麺がやわらかい気がした。のど越しはよい。

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◇もりそば◇
さらしなより香りが強く麺もしこしこ。さらしなと同じくニ八。つけ汁は甘口・辛口の二種類がでてくる。どちらも味はよいが私はやはり辛口が好みだ。量はさらしな・もり共に申し分なくしっかり胃を満たすことができる。

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帰りに「ゆず七味」をお土産に一つ買った。


お店の都合もあろうが、私は蕎麦屋のカウンター席があまり好きではない。なんとなく落ち着かないし(カウンターに向かい合うし)、疎外感も多少感 じる。やはり一人であろうとテーブル席がよい。神田まつやのように相席当然な店もあるが、あれはあれで悪いシステムとは思わない。

今の時代はアイソレーション思考が強く他人との不必要なコミュニケーションを交わしにくくしている。別に誰とでも他人と仲良く話がしたいわけではないが、ちょっと目があったら軽い挨拶から始まり多少の言葉を交わすことくらいなものがあってもよい気がする。

蕎麦とは関係ないが、アメリカにいたときにはそういった他人との気軽なコミュニケーションがあらゆる場面にあった。それを不快に思うこともなかったし、ごく自然な形であったと思う。

蕎麦に関わらず飲食店は客が雰囲気を作り出すものだと私は考えている。いかに気分よくお客が過ごせるかを店は工夫し努力する必要があると思う。

先にも述べたが、カウンター席には隔離感がある。もっと店内全体の雰囲気を見渡せて、隣席の客に気軽に話しかけられる環境が私は好きだ。まさに蕎麦屋にはそういうものを期待してしまうのだが、こんなことを思うのは私くらいなものだろうか。


☆☆☆☆
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